BUCK-TICK 【櫻井敦司さん死去】
BUCK-TICK の櫻井敦司さんがライブ中に倒れて、その日の夜に死亡したことが分かりました。
10月19日(木)に、神奈川県横浜市で行われていたコンサート中に、櫻井さんが体調不良を訴え、病院に救急搬送されました。しかし、その夜、櫻井さんは脳幹出血のために亡くなったと報じられています。
元々、頭に病気を持っていたかどうかは不明ですが、突然の体調不良ですのでメンバー、スタッフともに驚いたことでしょう。
ウェブサイトにも「ことしデビュー35周年で精力的に活動を行い、36年目を歩み始めた矢先でした。あまりにも突然のことに、いまだ信じられない思いがいっぱいで気持ちが混乱しており、メンバー、スタッフともに言葉に表すことができないほどの深い悲しみです」とみなさんに伝えています。
BUCK-TICK・メンバー
BUCK-TICKは、日本のロックバンドで、以下のメンバーで構成されていました。
櫻井敦司(さくらい あつし):ボーカル
生年月日: 1966年3月7日
死亡日: 2023年10月19日
出生地: 群馬県 藤岡市
今井寿(いまい ひさし):ギター、ノイズ、コーラス、作詞・作曲
生年月日: 1965年10月21日 (年齢 58歳)
出生地: 群馬県 藤岡市
星野英彦(ほしの ひでひこ):ギター、キーボード、コーラス、作曲
生年月日: 1966年6月16日 (年齢 57歳)
出生地: 群馬県 藤岡市
樋口豊(ひぐち ゆたか):ベース
生年月日: 1967年1月24日 (年齢 56歳)
出生地: 群馬県 高崎市
ヤガミトール(本名:樋口 隆):ドラムス
生年月日: 1962年8月19日 (年齢 61歳)
出生地: 群馬県 高崎市
バンドは1983年に群馬県藤岡市で結成され、1985年から現在のメンバーで活動していました。
彼らの音楽は幅広く、ポップスを中心に様々なジャンルに広がっています。
また、BUCK-TICKは後のヴィジュアル系バンドやアーティストに大きな影響を与えました。
櫻井敦司さんについて
櫻井敦司さんは、BUCK-TICKというロックバンドのボーカリストとして活躍していました。
彼は1966年3月7日に生まれ、2023年10月19日に57歳で亡くなりました。
彼の死因は脳幹出血であり、その日のKT Zepp Yokohamaでの公演中に体調不良を感じ、病院に搬送されました。
彼はバンド内で主に作詞を担当し、幅広い音楽性を持つ楽曲を独特の簡潔な抽象性で表現する役割を果たしていました。
彼の作詞した歌詞は、生と死や狂気を描いた特異なダークな世界観で人気を博しました。
彼の死後、バンドメンバーの今井寿さんは「ずっと5人でバンドを続けられると思っていましたが、『不可能』という現実も最初から分かっていました。
いつかこの日が訪れることも予測していました。
ずっと櫻井さんと一緒にギターを弾きたかった」と櫻井さんの死を惜しんだ上で、活動を継続する意志を示しています。
櫻井敦司さんの音楽と精神は、引き続きBUCK-TICKの音楽とファンの心に生き続けるでしょう。
脳幹出血のために亡くなった芸能人
脳幹出血は脳出血の一種で、非常に重篤な状態とされており、全体で約10%の割合を占めています。
また、映画監督の工藤栄一さんと俳優の坂口祐三郎さんも同じく脳幹出血で亡くなられたとのこと。
彼らは多くの人々に多大な影響を与え、その功績は決して忘れられることはありません。
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